Torhar(トルハー)完成の記者会見に博士は律儀にも三分遅刻して現れた。不精なタイの締め方、髭、伸びた長髪、外観のせいもあって博士の意図を汲み取れる者は会場に殆ど居なかった。椅子にかけ、彫りの深い目で辺りを見渡し、フランクに喋り始めた。
「この会場の前を通る空道 裏1018 号線下段上り方向で、まぁ、、お集まりの皆さんは此処を経由して来場されたかと推測されますが、先ほど衝突事故がありました。空のアクセスは渋滞を超えて飽和に近い状況だと私は以前から述べてきました。いや、、、記者の皆さんは私の下調べをしてきているでしょうから、説明は要りませんね。」
博士は学会でこの交通危惧について優れた論文を発表したものの、学会にでさえ賄賂が飛び交うこの時代、博士の論文は盗作の的にすぎなかった。しかし常習の盗作だけならまだしも、告発するとその盗作された論文と賄賂で囲った人材を盾に、あろうことか博士が盗作したのだと非難され、学会を追われてしまった。博士が嫉妬の対象になり、その度に気づかされる劣等感が他の研究者のプライドを削ぎ、狂わせたのだ。学会を追われて以来博士は俗とは一切の関係を切り、会社社長で唯一のスポンサーである親友から融資を受けて人里離れた山奥に、法的な手続きは踏まさせてはくれなかったが、小さな研究所を開いた。
「殊更、裏1018 号線はシグナルシステムが陥落(ダウン)しやすい。層形交通制が採用されても尚私が述べてきた通りに事故が起きていますよね。まぁ、私は事実を言っているまでですが、後の祭りなので話を進めましょうか。」
発言に心情を想起させる抑揚が見られる。博士は折から無意識に皮肉を言うように変わってしまった。学会では間投詞が禁忌であるということも、最早博士は忘れているのだろうか。それともあえて使ってやろうという意図なのか、いずれにせよやはり博士は変わった。
「改めまして、えぇー、、皆さん。今日はご多忙の中お集まりいただきありがとうございます。今日は私たちの研究所があるデバイスを完成させたことをお伝えするべく、会見を開かせて頂きました。」
博士が合図を出すと、研究員がプレゼンの準備を始めた。訳ありの研究所であるだけに、人材も曲者ぞろいである。
「デバイスの研究テーマは『Transportation of resolved human and restoration』。T,O,R,H,A,R,からトルハーと呼んでいます。簡単に言うと、転移装置です。イメージとしては瞬間移動といいましょうか。加えて、、、。これは後で説明しましょう。」
博士は喉まで出てきた言葉を飲み込んで、制止した。自信の笑みが綻びる。
(第二部へ続く)