六月一日から車の後部座席に乗っている人もシートベルトを着用せねばならなくなったようです。特に高速道路では罰則として1点減点の対象になるようですが一般車道では少し猶予期間をおいてから施行だそうです。
pです。皆さんいかがお過ごしでしょうか。
人間は合理的に行動する傾向にある。経済行動を考える際にはその仮定が成り立つものとして考察を進めていかなければならない。だがその仮定に反して人間は合理的ではなく行動する場合が多々ある。一つは情報に非対称性がある場合である。例えば、喫煙する人間はガンにかかりやすいが、彼らは喫煙しない人間と同額の保険料を支払っている。リスクと投資とリターンが不健全に繋がっている。これは保険会社が顧客の喫煙習慣の把握に依るもので、これが合理的でない行動が発生する一例であると言える。
そもそも合理性は個人の采配にゆだねられているという見方があったりする。効用は個人によって千差万別だからだ。そしてだからこそその学問が深化、拡張された。インセンティヴという言葉がある。意味は動機、刺激といったところか。経済学はこのインセンティヴを取りまとめて対象を考察しなければならない。例えとして車をだしてみる。
自動車を、好みのCDをかけながら運転している。運転中、トラックを進めるのにデッキのボタンを押したい。普段何気なくする行動だが、この一瞬の運転に対する緊張が緩んだ時に、事故が発生する確率は上がる。あるいは疾走感という効用を得るためにガソリンというコストを払いスピードを上げることでも同じことがいえる。
その確率を一定としたいがここでは人は己の裁量でこの確率を決定するとする。ある人は一万分の一の確率とするし、またある人は五十分の一とするかもしれない。その確率が人間の効用、ひいては行動を刺激する。時速45キロなら安全だが、時速220キロでは危険な状況は多々ある。そのくらいの確率なら、その行動を採用しよう、とか、そんなに確率が高いのならその行動はできない、となる。つまりインセンティヴは人毎に異なる。ここに合理的でない行動へ誘う原因があるように考えられる。
さらに、「この車には赤ちゃんが乗っています」というサインを張った車がある。これは周囲の車に「赤ちゃんが乗っていますので注意して下さい」と促すものである。論理学をかじっている者から詳細に言えば「この車には赤ちゃんが乗っています。事故が起きると成人に比べ致死率が高いです。あなたは事故を起こして罪を償うなどの金銭的消耗や経験的消耗をしたくないでしょうから、安全運転をしてください」というものである。このサインを見れば安全運転に誘導されるのは確からしい。
ただ考えてみるのはこのサインを張った車の運転手のほうである。この運転手はサインを張ることにより周囲の車に安全運転させることができていると思うようになるのではないか。そうして「周囲の車は安全運転している」と、運転の緊張がほどけ、より安全でない運転をするようになる。結果的に事故を防ぐ目的で採用されたサインが事故を誘発する可能性が出てくる。ここで登場するのが統計学である。調べてみるとサインの制度が始まる前とそれ以降ではほとんど事故件数は変わらなかった。つまり相殺が起きたのである。
この考え方を考慮に入れて今回のシートベルトの着用義務に考察を向けてみると、早急に、前面に比べ劣っている車の側面が受ける衝撃対策の研究をするべきだといえる。
「自分は後部座席の人がシートベルトをしているからといって、安全運転のレベルが下がることなく運転できる」という人は、タイトルを読み直しましょう。
再拝
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