三月四日。
厚みがかった雲。
港に見える橋と、その向こうに勤しむクレーン船。
ホテルのチェックアウトを済ませタクシーに乗り込む。空港までの距離がとても短く感じた。
空弁を探す。泡盛ばかりのフェースが一角を占める中で、タコライスとポーク卵、うっちん茶を購入。どこまでも沖縄を味わう。
流体力学の粋、美しい流線型に搭乗。窓から見える雲と「宇宙」。視界に別の旅客機が見え、焦燥感。
関西に着陸。特急電車に乗り換え、京の都へ揺られる。
二度目の京は、曇り。三方山囲いの盆地。底冷えの冷気。懐かしい古風が染みる。
ホテルにチェックインし、荷物をまとめて、自転車を借りる。洛中洛外サイクリング。
弘法大師空海が東寺へ。バスケが強いという洛南高校に隣接しており、学生が目に入る。東寺といえば無論、曼荼羅。三次元で表現される立体曼陀羅。時期に富んでいて、観智院と五重塔の御開帳を拝見。
「ダイチのチは観智院のチ。」
観智院には、枯山水がある。空海が唐で密教を習得し、その帰国途中の渡航を描いた石庭。
「向こうに見える石は中国大陸を表しておりまして、こちらは日本大陸。中ほどに見えますが弘法大師一向の船。そちらは亀で御座います。荒れる海の神に宝具を捧げ航海の無事を祈念しているところを描いた庭でございます」
「こちらは、かの大剣豪宮本武蔵直筆の竹の絵でございます。節の部分が刀の鍔のように太くなっているのは剣豪宮本武蔵らしい大変力強いものになっておりますが、宮本武蔵は敵対する剣客から逃れるためにこちらに身を隠したため、師を持たずに独学で絵を学んだのです。またこちらは「寺伝」となっております。」
歴史を恥ずかしいくらい知らない人でもわかるよう、よく敷衍してくれました。
五重塔の中には、歴史の長物らしい色が擦れた絵が描かれていて、神秘的。塔の存在意義を知っていると、なおさら面白い。
西本願寺へ。勿論、浄土真宗の本山。祖父は、浄土真宗にて葬儀。この旅行で最も思いを込めた合掌でした。親鸞聖人の750回の法要であったけれど、750回忌の親鸞聖人と悪人正機説とは葬式で引用した思い入れある言葉。
自転車で、上る。京都御所の中を砂利にタイヤをとられながら、東に大文字焼跡地を望む。紅白梅が趣があって、和服の子連れも見栄える。それを写真に収めたり、松と紅梅と白梅の交錯点を探す。
日も暮れてきたころ、鴨川を下る。写真は、絵になるところを、と様々な視点からアプローチしては納得の一枚を模索。川中の飛び石は見ていて飽きない。
三条で、落し物を拾う。財布、印鑑、通帳、保険証…あらゆる個人情報のほとんどがそろっていた。自転車屋に交番を尋ね、届ける。待ち時間の間、行方不明者リストの中から女子大学生を発見。池袋で消息をたったようで、池袋は怖いと二人で呟く。
一件が落ち着いたころには夜になっていた。予定していた寺巡りは八坂神社までで打ち止め。以降はキャンセルし、夕飯へ。ひとつ下った祇園四条へ。某所に鍋が安く食える店があり、入店。
数分後、危機回避。あの時は気が動転していて、正常な判断が欠けていた。生命の危機を感じる。
完全に意気消沈、怪訝な二人。逃げることに気を取られ、吟味もせず天ぷら屋へ入る。その店のコストパフォーマンスはよろしくなかったが、それも正常な判断ができていなかったからであろうか。
伊勢丹で翌日の朝食を買い込み、就寝。忘れられない一日となる。
再拝
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