pです。皆さんいかがお過ごしでしょうか。
昔、執筆した論文の一部を掲載しました。
何かの参考にするにさしあたり、お役に立てれば幸いであります。
第1章 人がブランド製品に惹かれる理由
第1節 なぜ人はブランドに惹かれるのか
新宿通りを歩くとルイ・ヴィトンやコーチ、グッチのバックを持った女性がよく目につく。それらのプレステージブランドのバックは、市場価格では最も高価格な部類に入る。ところが制服を着た女子学生が、それらのデラックスブランドのバックや財布を身につけている姿が街中のいたるところで見受けられるのである。所得のない彼女らに親が買い与えていることは想像に難くない。しかし、高価格であるにもかかわらず、なぜそれ程までに訴求力があるのか、疑問に感じられる。ある種の憧れを持つが故に、コピーの偽造品と割り切ってまでもバーバリーのノバチェック柄のマフラーを身につける理由とは、いったいどうしてなのかという探究心がわいてくる。
理由は何点か考えられる。
第1に、ブランド製品は高品質で長く使っても壊れないからである。伝統的な技術が収束した商品は、高度経済成長期の品質を軽視した時代で消費をしてきた人々にとって、一層魅力的である。モノ余りの「作れば売れる」の時代は終わり、モノが飽和する現代では、良いもので差別化が図られた物でなければ訴求力はついてこない。
第2に、ブランド製品が高価格であるということである。ひと目見てわかるデイザンやロゴのブランド製品は、他人評価されるという機能を持ち、それはある種の優越感さえ生みだすものであると考えられる。仮にバーバリーが好きなのであれば、日本の女子学生は一様にベージュのノバチェックのマフラーを身につけたりはしない。「あれはバーバリーだ」という高級ブランドを身につけている評価も、欲しいと思っているのである。ショップバックの再利用も、その例のひとつであるといえる。
第3に、デザインが非常に洗練されているということである。いわゆる5大都市ファッションウィークで披露されるプレステージブランド製品のデザインは、絵画に並ぶほど視覚に訴える芸術品である。後の章でも記述するが、ブランドにはイメージの一貫性が伴わなければならない。つまり、デザイナーの世界感をモノとして具現化するだけでなく、
MDや販売、アフターサービスにまでそのブランドイメージが及ばなければならない。その中のどのステージでもブランドイメージこそが、それを手にする人にとって感動を生み出す最大の理由である。それゆえ、その感動の余韻が評価機能をショップバックへ付加させ、それ再利用させるインセンティヴへとなると考えられる。
第4に、スタイル([1]を身にまとうことができることである。年に2回のファッションウィークで打ち出される最新トレンドは、そのムーブメントに流行りだけでなくすたりがあると認識できていても、魅力的なものに映る。そして、このスタイルやモードは「常に流行にアンテナをはっている」という評価機能をももたらす。バブル期に一大ムーブメントになったアルマーニのスーツがこれらの例のひとつである。)
第5に、これまでに挙げた4つの理由が総じて、価格より大きな価値、つまり効用をもたらすことにある。身につけるだけで楽しさや満足が、意識の外側で自然に感じられるというのがブランドアイテムの最大の特徴である。それゆえ、「なんとなく、いい」という感情が伴う神話さえ生まれたのである。
日本の百貨店は戦後均質化が進み、箱ものと揶揄されてきた。その中で新宿伊勢丹は、自主編集売り場と呼ばれる伊勢丹主導の売り場形成を図ってきた。これは伊勢丹が、百貨店の均質化からの差別化と、売り上げ低迷からの脱却を図るための自社開発であった。プレステージブランドに加えて、伊勢丹ブランドとしてサービスや効用を打ち出したのである。百貨店については、新宿伊勢丹のその取り組みを他の章で詳しく述べるが、やはりこの効用がブランド概念を支える最も強力な後ろ盾になっているのである。
2節 ブランドの歴史と分類
前節でも述べたように、プレステージブランドは高い品質を誇ると述べた。その知名度というブランド概念がどのように生まれ、変遷してきたのかを振り返る。
階級社会は世界中のどこにでも歴史的に見られた。ヨーロッパでは18世紀頃までに、階級の高い人々の御用商人としてデザイナーという職業が成立している。当時のブランドとは、一般的に高級注文服であるオートクチュールのことである。そして、顧客も階級のように限定的である。
しかし、1960年代に入ると、高級既製服であるプレタポルテが一般的になる。この頃よりブランドが美的ファッションとして大衆化され、「高級・高価格」という付加価値が認識され始める。
ブランドはいくつかの種類に分類することができる。
第1に、海外からの輸入品であるインポートブランドである。ひと口に輸入品といっても、現代では高級ブランドからカジュアルブランドまで一様に輸入されている。元来、舶来品は高級で付加価値を持っているというイメージがあったので、現代のインポートブランドとは高級ブランドの輸入品を意味する。代表的なインポートブランドとしてはプラダ、グッチ、エルメス、ダナ・キャラン、ルイ・ヴィトンである。輸入ルートは4種類に分類でき、商社輸入経路、小売店輸入経路、ジャパン社輸入経路、並行輸入経路が挙げられる。
かつてはインポートブランドのほとんどが商社を経由してくるものであった。百貨店もそうした商社に委託することも見受けられた。しかし、最近では小売店が自ら海外に赴きバイイングするという経路もよく見られる。ジャパン社というのは、例えばルイ・ヴィトン・ジャパンのように「○○ジャパン」という名前の100%出資の連結会社である。これにより取扱金額が大きくなろうとも、直接的にマネジメントできる体制を築くことができる。ジャパン社の数は現在100を超える。並行輸入とは、正規品を輸入代理権がなくとも輸入できるシステムである。取扱いの幅は縮まるが、流通コストを抑えられるため正規代理店やジャパン社より低価格で売ることができるのが特徴である。
第2に、オートクチュールブランドである。顧客のサイズや嗜好を考慮し、オーダーメード形式でつくる高級服を表す。顧客は王室や皇室、ファーストレディ、社交界など限定的で、美意識や芸術性のレベルは最高峰である。オートクチュールにおいて代表的なメゾン(会社、店)は、イヴ・サンローラン、マルタン・マルジェラ、ランバン、ニナ・リッチ、クリスチャン・ディオール、シャネルである。
第3に、既製服を意味するプレタポルテである。現代ではオートクチュールと区別するためだけに使われるといえる。したがって、世の中のほとんどのブランドがプレタポルテである。
第4に、ナショナルブランドである。これは、全国に展開しているメーカーブランドを指し示す。大量生産で低価格で、市場のボリュームゾーンを捉えているのが特徴である。
第5に、ライセンスブランドである。デザイナーの名前やロゴなどを使用する権利を購入し、国内で生産された製品にそれを付加したブランドである。衣服に限らず化粧品、下着、バック、靴、食器、寝具などにみられる。代表的なライセンスブランドは、アナ・スイのコスメやポロ・ラルフ・ローレンのニットやポロシャツ、ソックス、ケンゾーのハンカチや傘など多岐に渡る。ライセンスブランド製品は、国内の企業によって生産されるため、その国の文化的思考に応じたデザインやマネジメントが可能となる。
3節 日本のブランド市場
日本のブランド市場は大きいといわれる。LVグループの例を挙げると、「フランスの日本向け輸出総額の15%以上は当社の製品」([2]とグループCEOのアルノー氏本人が語るほどである。同書の中でも日本は、ブランド市場として世界でもっとも注目する場所であると述べられている。アメリカではプレステージブランド製品を持つ子供は少ないと聞く。しかし、日本での現状では冒頭で述べたとおりである。日本はブランド大国といえるほどの市場を持っているのである。)
以下は、『ルイ・ヴィトンの法則 最強ブランド戦略 長沢伸也 編著 東洋経済新報社 2007年 22・23頁』より引用する。
『インポートマーケット&ブランド年鑑 2007年版』(矢野経済研究所 2007年)のデータに基づくと、2006年度単体ブランドごとの売上で1位はルイ・ヴィトンであり、その売上規模約1596億円は、2位のエルメスの約2,6倍、3位のコーチの約2,9倍、4位のグッチと3,0倍である。さらに、主要ラグジュアリーブランドの1店舗あたり売上高(「(株)小島ファッションマーケティング SPACE REPORT」参照)を見ると約30億円であり、他の有名ブランドの3倍から数十倍であり、ルイ・ヴィトンがどれほどすさまじい存在なのかが数字でわかる。したがって、現在の日本のブランドブームはルイ・ヴィトンの1人勝ちという状況が、イメージおよび実績のうえでも続いている。
プレステージブランドといえば百貨店と代官山や表参道などの路面店が思い浮かぶ。しかし、代表的な旗艦店が軒を連ねる銀座は、世界でも無類のブランド市場である。そのような先進的なブランド市場に身を置く百貨店や路面店は、VMD([3]やEMD([4]には特に配意されていることがみてとれる。三越が店を構える銀座4丁目の交差点からは、ディオールやバーバリーなどのプレステージブランドだけでなく、ユニクロや無印良品の路面店も臨める。銀座にある路面店のほとんどは、他地域とは違う黒や白を基調としたモードが漂う特別なデザインの外観になっている。))
海外と比べ土地や賃店舗費などの出店コストが高い銀座には、世界中から様々なブランドや企業が参入してくる。銀座は今、世界中からファッションの街として脚光を浴びている。ひとつの街に世界中から店が集中するのであるから、ファッションビジネスに関係する人にとっては、より多くの新鮮な情報に触れることができることになる。街を歩いて実際にお店を見てまわることは、百貨店のカリスマバイヤーも推薦する感性を磨くためのいい方法である。そして、銀座に出店するということはステータスにもなりえる。それゆえ、日本のブランド市場、特に銀座は、世界的に優れた価値があるのである。
こうしたブランドショップが軒を連ねる土地では、ブランドが出店すると街並みがより魅力的になり、惹かれた人が集まる。人が集まることによってさらに魅力的な市場になると、再び出店に拍車がかかり、街並みがブランドショップに染まっていく。これは好循環であり、イメージ創作の重要な手段になっている。ブランド出店に関するマネジメント戦略は、第三章で述べることにする。
第二章 ブランドマネジメント
第一節 ブランドのイメージと実情
プレステージブランド商品の価格帯は高く、奢侈品としてみなされる。そうした価格が、効用や評価機能を生み出す役割を持つことは前に述べた。次に、そのイメージから生まれた副作用的側面を考える。
一般的な消費者は、高価格で、高品質で、有名なブランドを求める。つまり、この3本柱によってブランド需要は支えられている。しかし、有名というステータスにブランドの評価機能の魅力と、高価格のジレンマから生まれた偽ブランド市場も看過できない。
ニュースや警視庁のデータベースを調べてみると、偽ブランド販売に関する逮捕・検挙人数や押収品の数は掲載されている。しかし、押収品の額面を計算すれば一部の数字を算出することは可能だが、偽ブランドの全体の市場規模を調査することは困難である。それでも日本で偽ブランドが存続できているのは、偽物と割り切っていてもブランドアイテムを手に入れたいという需要があるからである。
街を歩くと、バーバリーを模倣したマフラーを身につけている人が意外と多い。彼らに聞いてみると、「普通の人は偽物か本物かどうかなんてわからない。安くて、デザインが似ているから」という。これこそが、偽物と割り切ることができる理由のひとつであるようである。評価機能は欲しいが、正規品の価格は高くて払いたくないという需要が潜在的に存在する。しかし、裏を返せば、偽物や模造品が流通するほど人々のブランドイメージはジレンマをも含んで確立されている。例えばルイ・ヴィトンのモノグラムであり、バーバリーのノバチェック柄マフラーである。ブランド製品にはそれほどの訴求力や魅力がある。
その中での本物志向が依然として強いのも、発信されたブランドイメージは強力であるからである。それは、ブランド企業のMDが成功していることにほかならない。
第二節 ブランドイメージ形成
前節で触れたように、ブランドイメージというのは重要である。それはマネジメントの中で最もウエィトを占める。
ブランドの草創期は、差別化を図る上で非常に重要な時期である。名前を聞いただけでイメージに直結できるほどのネームバリューを獲得するまでは、製品のイメージと品質が最も大きな位置を占める。ルイ・ヴィトンの旅行カバンの販売ビジネスが軌道にのり、その地位を獲得する土台となったのは、王族などのミューズからの注文が依頼され、2代目のジョルジュ・ヴィトンが「ダミエ・ライン」を発表し、その後のパリ世界博覧会で金賞を受賞したことが大きな影響であるからだ。
そしてこれはルイ・ヴィトン黎明期から伴う偽造品対策やブランドマネジメントと関係がある。初代のルイ・ヴィトンが作ったトランクに防水加工を施したグレー色のキャンバスを張り付けた「グリ」は、軽量かつ積み重ねができるトランクとして大好評であった。しかし、シンプルな構造ゆえに贋物が出てきた。それ以降も幾度となく贋物が出回ったため、ついに「トアル・ダミエ」を発表し、世界初の商標登録を獲得した。それでも贋物の流通はとどまるところを知らなかったため、商標登録をそれ以降も取り続け、製品も複雑で模造することができない品質へと昇華させた。この一連の流れが歴史的にも語りつがれ、オフィシャルウェブサイトなどのメディアで公開されることにより、さらに歴史と伝統の価値あるブランドとしてのイメージを刷り込む広告が完成するのである。
ブランド草創期は、高級品というイメージを付加して広告するのが難しい。しかし、ルイ・ヴィトンはファミリーブランド時代から品質にこだわりつづけてきた。プレステージブランド企業がブランドを形成・維持させるにあたって、そのケアはディティールだけでなく、MDをはじめとして実に多岐に渡って及んでいる。ルイ・ヴィトンでは、出店を決定する際に商圏人口を参考としつつ商品店舗に陳列する商品の数まで決められている。これはモードを提案する際に「その商圏で同じ商品を持っている顧客をなくす」、あるいは「他人の同一のものを持たせない」というマネジメント設定に従っているからである。これもイメージ戦略のうえで有効である。
さらにルイ・ヴィトンではテレビCMを採用しない。ブランドイメージは一貫性を伴っていなければならないからである。プレステージブランドが一般的にテレビCMに露出しない理由は、様々なCMが連続する中では、打ち出すブランドイメージが前後のCMと混濁してしまうからである。
ブランドイメージを広く認知させるには、メディアが活用されるのが常である。しかしながら、LVMHではテレビCM採用は否定的である。雑誌であれば一面の特集を組まれるほどのインパクトある宣伝でなければならない。
広告それ自体のみならず、その広告を流布させる環境や他の広告との関連イメージも肝要である。コンビニエンスストアで、ジャンポール・ゴルチエとのコラボレーション企画によってボトルデザインされたミネラルウォーター「エビアン」を見つけた。ジャンポール・ゴルチエは、2004年からマルタン・マルジェラに替わりエルメスのデザイナーを務めている。エルメスといえば、ルイ・ヴィトンと同等に有名なプレステージブランドである。そのゴルチエがコラボレーションした製品が全国のどこにでもあるコンビニで買えるようになったのは、ブランドマネジメントの観点からいえばもちろん本末転倒である。高級プレタポルテを手掛けるブランドが、コンビニで買うことができるものとリンクしたのであるから、そのブランドイメージは非常に陳腐なものになりさがる。大衆的で希少性のないコンビニに、プレステージブランドの世界観を作り出すことなど不可能であるからである。
これはブランドマネジメントの悪例である。2008年11月に原宿にオープンしたH&M(ヘネス&モーリッツ)とコムデギャルソンとのコラボレーションも同様であると考えられる。コラボレーションにおいては、一方が他方のブランドイメージを陳腐にさせてしまう可能性がある。
ブランドイメージや世界観を見事にコラボレーションさせた例としては、ルイ・ヴィトンのデザイナー(正確にはアーティスック・ディレクター)を務めるマーク・ジェイコブスとコムデギャルソンとの例や、エルメスとヨウジヤマモトの例である。前者は表参道に行列を作り上げるほどで、後者は上質のナメ皮を使った78万円~90万円のバックを発売して話題を作り上げた。行列や話題つくりもブランドマネジメントの意図するところの一貫である。しかしH&Mの例のように、集客効果や話題のみの観点からみればブランドアピールは成功したといえるが、ブランドの実態を知り、目利きができる賢い消費者にはそのようなマネジメントは通用しない。これは消費者が情報を多く獲得できるようになった現代のブランド消費の実態である。
第三節 流行とブランドイメージを発信する企業体系
プレステージブランドでなくとも、ファッション市場に新規ブランドとして参入し成功するのは難しい。プレステージブランドとしては歴史がなく、市場のボリュームをおさえるカジュアルブランドは価格競争やコストの面で不利だからである。アパレルの市場規模は、製造業が6兆円台(アパレル商品などの輸入額を含めると約8兆円)、卸売業が18兆円、繊維製品販売額19兆円である。小売業の粗利率(マージン)は35%ほどといわれるので、小売販売額から逆算した12兆4000億円が適正なアパレルの卸売市場の規模といえる。よって6兆円あまりが中間コストによって売上計上されている。広義なインポートブランドブランド市場のボリュームゾーンは安い中国産であるが、プレステージブランドの輸入額は1兆7000憶円程度である。この市場はそれほど大きくないように思われる。
しかしながらそのような市場において、続々とブランドを形成する以前にトレンドは発信される。世界で唯一、流行色を扱う国際的機関であるインターカラーが、18カ国から各国を代表する専門家を集めて会議を開き、毎年2年先の流行色を決定する。色や素材の予測は1、2年先、洋服のトレンドは半年先である。ファッションの流動性や新しいファッションアイテムの普及ためにもトレンドは重要であり、トレンドなくしてモードは存在しない。トレンドアイテムを身につけることが評価機能として作用することは前述のとおりである。
プレステージブランドとして市場に新規参入する際にはこれまでの好例を踏襲するだけでなく、さらに強い差別化をはかる必要がある。次章では、『ルイ・ヴィトンの法則 最強ブランド戦略 長沢伸也 編著 東洋経済新報社 2007年』を参考に、ルイ・ヴィトンを例にプレステージブランドのマネジメントを考察する。
第3章 ルイ・ヴィトンにおけるマネジメント法則の実例
第1節 製品に関する法則
ルイ・ヴィトン製品は、ブランド草創期から贋物と戦ってきている。現在、ブランド品の贋物を製造・販売するのは「商標法」違反、「不正競争防止法」違反になる。贋物を駆除する対策として、消費者向けには啓蒙活動を、企業向けには警告書送付を、さらに商標保護活動を行うフランス公益社団法人ユニオン・デ・ファブリカンを通じて国境を超えた模造品対策を行っている。
贋物が出回るのはインターネットショップやオークション、リサイクルショップなどである。ルイ・ヴィトンやエルメスなどから「査定の差異に『ホンモノ』と『ニセモノ』という言葉を使わないようにしていただきたい」という通達が、リサイクルショップ業界に届き、以後暗黙の了解になっているようである。よって買い取り窓口にブランドアイテムを持ち込んだ際、「当店ではお取り扱いできません」と言われた場合、そのアイテムは限りなく贋物であることとなる。リサイクルショップで販売されるブランドアイテムは、リサイクルショップによって本物のお墨付きを与えることができないのである。
しかし、リサイクルショップでブランドを買うのが不安であるかといえば、案外そうではない。リサイクルショップが贋物を販売すれば商標法違反である。リサイクルショップ側も必至である。日本流通自主管理協会に加盟しているお店での売買なら信頼感はさらに高い。しかしながら、リサイクルショップで一番聞きたい言葉である「このアイテムはホンモノです」は、このような事情で聞くことができない。
インターネットや雑誌などのメディアで、ブランドアイテムの鑑定方法という記事をよく見る。これは、商標保護に逆行するような行為であり、リサイクルショップ業界にとってもユニオン・デ・ファブリカンにとっても害悪となる。贋物製造業者に改善点を与えること以上に、そのような情報のみを判断基準に素人が真贋鑑定することによって起こる混乱が予想されるからである。メディアに出る鑑定方法は、正規の鑑定方法の表層に過ぎない。税関管理やブランドGメンが持つ情報も守秘義務があるのでメディアにでることもなく、鑑定方法の核となる部分は企業秘密であるので門外不出である。
ブランドは「贋物をもつことを恥である」ということを啓蒙させる。そして、その保証ができるはそのブランド企業のみである。ここにブランド品を正規点で買わせるインセンティブを生み出しているのが、ルイ・ヴィトンの贋物対策マネジメントの優れた点である。
商品は限定的、希少性があるほうが魅力的である。ルイ・ヴィトンでは一定数売れた商品はそのまま定番化するか、廃版になる。廃版にする際には、「人気も実力もあるうちに惜しまれつつ引退する」というマネジメントをとっている。廃版になってしまう以上に好きなれる商品や、あるいは復活を期待させる作用がある。
ルイ・ヴィトンではセカンドラインを禁止している。セカンドラインとは、メインのブランドラインよりも相対的に価格の低い設定されたラインのことである。代表的なセカンドラインには、ジョルジオ・アルマーニのエンポリオ・アルマーニ、プラダのミウ・ミウ、マーク・ジェイコブスのマーク・by・マークジェイコブスなどが挙げられる。
セカンドラインとは、廉価版である。メインラインに比較すれば、値段相応に劣った品物で、さらに言うなら安物である。プレステージブランドは安物を作るはずがない。ルイ・ヴィトンという伝統あるブランドでは、安物など許されるはずがないのである。
「価格帯を下方伸長しないことで生まれる価値」をルイ・ヴィトンは持っている。加えて、それを150年もの一度も行ってきていないのである。一度でも下方延長すれな、その姿勢を貫いてきた伝統をうたうことができなくなる。
さらに、ライセンスブランドも禁止している。ライセンス生産の乱発は、ブランド商品の氾濫をまねき陳腐化に拍車をかける。ライセンスは短期的には利益を生むが、長期的にはブランド価値を下げることは明明白白である。日本でもライセンスを乱発し、経営が行き詰ったファッションブランドがある。
またルイ・ヴィトンには入門ブランドのアイテムがない。たとえば、トヨタをそのブランド観点でみてみると、入門は大衆車カローラである。そこから徐々にランクアップして、高級車のクラウンやレクサスへ移行する。しかし、トヨタにはヴィッツやハイエース、タクシーのコンフォートなどの業務用車もある。これらとクラウンでは価格帯もブランドイメージも異なる。それをいっしょくたに扱っているのであるからブランドイメージは安定しない。それゆえ、レクサスという別なレーベルを立ち上げ、イメージの混同を防いでいるのである。
ルイ・ヴィトンには、そのカローラに相当するものがない。キーホルダーや財布はブランド内での絶対価格は低いが、キーホルダーや財布の市場では高級な部類である。安いものを扱わないことによって、ルイ・ヴィトンの高止まりのイメージは形成される。
「安くする」という観点では、ルイ・ヴィトンはアウトレット品の発生を禁止している。LVNHの基幹ブランドの生産はライセンスを打ち切って直営での販売に切り替えている。これによりアウトレット品の発生を防止し、安物を防ぐというマーケティングに一貫性をもたせ、MDの最適化をはかっている。
商品を無機質で安物に見せないように、商品に名前をつけるマネジメントもある。たとえば「LV860B」のような数字と記号だけの商品名では、愛着がわいてくるのは難しい。
蒸気船を意味する「スティーム」や「ソーホー」「インパラ」などの街や動物の名前、「ウラル」「バイカル」のような山や湖の名前など、ネーミングも意味をもつものが多い。愛着を持たれることは、ブランドにとって名誉である。
第2節 価格に関する法則
価格は価値を表すものである。価格決定の際、「価値を高めて価格を維持する」「価値を維持しながら価格を低める」という観点があるが、プレステージブランドの場合はむろん前者の考え方に則る。
ブランドやアパレル業において、基準価格は以下の方法で設定される。
1、原価から算出する方法
2、需給均衡から設定する方法
3、競争構造を考慮して設定する方法
さらにこれらの方法で設定された基準価格は、いくつかの調整が施される。
・割引(数量割引、期末割引など)
・購買意欲を喚起させる一時調整
・差別価格(特定商品・特定顧客の差別価格)
・セット販売価格
ルイ・ヴィトンでは、原価に一定率を掛けた価格に設定するコストプラス法(マークアップ法)を採用している。もちろん様々なことを総合的に考慮にいれるが、基本的には原価からの算出をベースにしている。
価格を下げることはルイ・ヴィトンではほとんどない。ルイ・ヴィトンは150年間もの間、一度たりともバーゲンセールをしたことがないのである。購入した商品の価格が下がるということを防止し、品質へのこだわりでもあるからである。もちろん廃版になる商品も同様である。在庫処分は常識的に行われるが、この姿勢を150年間貫き通すことは難しい。1回でもバーゲンをしてしまえば、長い歴史の中でバーゲンをしたことがないということを以後口にすることができなくなる。プレタポルテの生産は限定的で、シーズンが終わり売れ残ったものは廃棄するという。また、オマケやセット販売もしない。これらは値引きの一種であり、ルイ・ヴィトンは値引きをしない。その経営の強みが、ルイ・ヴィトンの戦略の真価である。
しかし価格が改定しないわけではない。為替言動による改定は見受けられる。その際には、販売価格を本国フランスの1.4倍に設定するという一貫した姿勢である。これにより価格は値上がりも値下がりもする。しかし、不意打ちに値上げはしない。正価で販売することの理解をしっかりと顧客に求めているのである。
第3節 流通に関する法則
1978年にルイ・ヴィトン日本支店が設立された当時は、並行輸入業者や贋物業者が横行しており、供給不足を煽るかのように価格を上げていたのである。正規の流通経路の2倍から2.5倍が相場で、直面したコンサルタントは週刊コストをなくしたかたちでの適正価格の販売体制をしくようになる。百貨店はルイ・ヴィトン製品を、中間業者を一切いれずに仕入れることを取り決めた。これにより国内のルイ・ヴィトン製品の価格も一定に保つことに成功したのである。直営方式により「ブランドは安定的で信頼できるもの」というイメージの発信がなされたことは、現在でも同じブランドマネジメントである。
表参道店などの巨艦点は、ブランドイメージを発信するうえで重要な拠点である。スーパーマーケットやGMSが店舗を増やすのは売上増が第一であるが、ブランド店舗の場合はイメージ発信の意味合いのほうがはるかに強い。ブランドイメージがそのまま顧客を惹きつけるインセンティブになるからである。
リペア(修理)は、ブランド力に安定を与えるサービスである。しかし、この体制を築くのは予想以上に困難である。特に流動性の強いアイテムにおいては、修理部品や素材の入手が困難であったり、制作に関する技術やノウハウがないということが起こる。
しかし、ルイ・ヴィトンではアフターサービスまでも徹底しており、職人のこだわった製品をいつまでも使える「リペア・ポリシー」を掲げるほどである。
ルイ・ヴィトンの愛用者であればあるほど、リペアや満足の要求の質が高い。これらの顧客を感動させるサービスを提供し、長期に愛用してもらうことがブランドに対するロイヤリティを高めるのである。長く使えれば使えるほど、製品のブランドや機能の真価を発揮する。これにより「よい物を長く使う」というイメージを訴求することができるのである。
第4節 販売促進に関する法則
ルイ・ヴィトンでは一部の国産ブランドや化粧品以外のブランドにおいて、テレビCMをしない。前後のCMや番組の印象がついてしまうからである。少しでも他の雑多な情報が混ざり込む可能性があるのであれば、テレビCMを採用しないことはブランドイメージにとって一貫性を持っていると言える。くわえて、テレビCMはコモディティの中心である。ルイ・ヴィトンのようなプレステージブランドのイメージは、日常から離れたリッチな世界観を演出するべきで、コモディティのそれとは一線を画す。
販促には、「リーチ」と「リッチネス」がある。リーチは伝える情報の対象に到達範囲の大きさを表し、リッチネスは伝える情報の充実度や質を表す。テレビCMはリーチ重視であり、ショップでの個別面談はリッチネスを重視する。ルイ・ヴィトンでは当然、リッチネスを採用する。ルイ・ヴィトンはマスマーケティングではない。そして、イメージを伝えるためには充実度が重視され、それはテレビCMのような数10秒の間では伝えきることはできないからである。一方、マスマーケティングを代表するユニクロやしまむらではリーチが重視される。
ルイ・ヴィトンのリッチネスは、ラジオ放送でも見られた。六本木ヒルズ店をオープンする広告のためだけに、J-WAVEのFM放送を午前9時から午後5時55分までの約9時間借り切った。これも話題性を呼び込むものであり、テレビCMでは不可能なことである。
雑誌に掲載される場合は「広告費を払い自ら広告を依頼する」よりも「取材を依頼されたので受けてあげた」のスタンスのほうがはるかにブランドイメージがよい。雑誌の場合は表紙と一面に、より大々的に書かれるほうが読者は惹きつけられる。
リッチネス重視の情報発信の利点は、既存の顧客の深層心理に投げかけるマインド・シェアを獲得できることである。そしてそれはそのままブランドロイヤリティにつながる。
ルイ・ヴィトンのブティックでは、店内の混雑防止のために入店制限を設ける場合がある。バーゲンセールのような大混雑はブランドイメージともマッチせず、したがって店の外に行列をつくりあげるかたちとなる。行列は、それ自体がメディアに掲載され、広告へ昇華する。計算されたタイミングでの、大規模で派手なパーティーもそのひとつである。
ルイ・ヴィトンの広告は、すべてニュースでとりあげられるほど盛大である。
すべての販売店ですべての商品を取り扱うことは難しい。たとえば、ある靴を販売したとする。すこし時間をあけてから、その靴を広告に出す。すると、商品広告の常識に慣れている人は全ての販売店でその靴が売っているものと思う。しかし「その広告を見てお店に行っても、お目当ての靴は扱っていなかった」となる。その常識の隙間に、商品に対する飢餓感が生まれる。そのようにブランドイメージを損なうことなく飢餓感を煽ることができれば、ブランドに対する訴求力が培われている証拠である。
4章以下は省略。ここまでで、情報としてお役に立てるものがあるなら幸い。
再拝
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